namida


 

彼が死んでから、確か今日でちょうど一ヶ月が立った。

人を殺したいほど憎んだり、人を自分の命と引き換えにしても良いというほど愛したり、そんな強い感情を持った事はない。どんなに強い感情に覆われても、その中で驚くほど冷静で冷酷にその感情を見つめている部分が私にはある。何かに夢中になったとしても、周りが見えなくなるなんてことはなく、心のどこかで常に「何やってるんだろう。」と自分のそうした強い感情を馬鹿にしたような目で見てる自分がいる。そうした性格で今まで生きてきた。どんな時もそれに例外はなかった。こと、恋人の死という現場であっても。

彼は一ヶ月前の今日、死んだ。ここで重要なのは彼が死んだという結果だけで、どうゆう風に死んだとかどうして死ぬに至ったかのなんて事は必要ないので省く。まあ事故とか病気とかそんなもん。少なくとも自殺とか殺人とかじゃなかった。

病院のベッドで硬く冷たくなった彼を見た時、素直に悲しいと思った。もう彼に会えないなんて・・・とそう思った。けど涙は出てこない。頭のどこかで妙に冷めた目で彼を見下ろす自分がいる。あーあ、死んじゃった。その程度にしか思っていない自分がいる。そんな思考を振り払おうとすればするほど、それは私の思考に深く進行し、今悲しんでいる私を否定する。そんなもんは偽りだ、お前は悲しがってなどいない。そう主張する。

結局あれから一ヶ月立った今でも私は涙一つ流せないでいる。付き合ってる時は仲が良いと思っていたし、好きだと思っていた。将来はもしかしたら彼と結婚するのかも、とまで思っていた。もちろんそうした感情も私の中にいる冷たいもう一人の自分には否定されていたが、それを受け入れたとしても私は彼が死んだら思いっきり泣いて悲しむくらいには好きだったと思う。けどこうして私は彼の死を涙すら流す事もなく、自分の人生の一イベントとして位置付けて終了させてしまおうとしている。そういえば昔、死んじゃった恋人がいたっけ。将来思い出すならこの程度だろうか。

駅のホームで電車を待つ私。毎日の事。私はこうして電車を待ち、その小さな乗り物にぎゅうぎゅうになって目的地まで走るのだ。自分の足では走れないからこうして他の者の力を借りる。私は、いや世の中の全てはこうして動いている。なんだかんだ言っても自分で出来ない事を他人に委ね、他人の頼みは無視しながら生き続ける。生命は全て矛盾しながら生き続ける。

駅を出て更に私は歩く。毎日通っている目的地まではあと少し。今日のお昼は何を食べようかなどと考えていたら曲がり角で走ってきた何かにぶつかる。予想だにしてなかった事で、私は尻餅をつく。冬の冷たいコンクリートの衝撃が体中に響く。それでも痛さよりもスカートが破れてなければいいが、と冷静に思った。

相手を見ると5歳だか6歳だかの少年。同じく尻餅をついている。痛くて今にも泣きそうな顔をしているがなんとかこらえているという感じ。男の子は簡単に泣くな、とでも普段から言われているのだろうか。ふと道の先を見ると小走りで駆け寄ってくる男性。30代前半といった所か。すいません、と私に一言言った後少年を抱きかかる。その瞬間、少年は今まで溜めてた物を爆発させるかの如く、大きな声で泣き出した。少年を優しく抱きながら、男性は私に向かってもう一度すいませんと言った。

ちょっと死んじゃった彼に似てるなと思った。そう思った瞬間、不意に涙が出てきた。涙は止まる事なく溢れ出してくる。目の前の少年と同じ様に、いやそれ以上に私は嗚咽をこぼし、時に声をあげて泣き出した。彼との思い出が際限なく思い出される。告白された事、初めてのデートの事、待ち合わせ場所間違えた事、二人で大きなチョコレートパフェを食べた事、魚釣りに行った事、けど結局釣れなかった事、クリスマスにどこの店にも入れなかった事、その日公園で初めてのキスをした事。

今まで一回も思い出した事が無いような事まで事細かに次から次ぎへと思い出していた。ずっと白黒の思い出だと思ってた物が急にカラフルな水彩絵の具で着色され、その度に私は一粒ずつ涙を流した。目の前の男性は泣きじゃくる少年と私を交互に見ながら、あきらかにとまどいの表情を浮かべている。けど少年も私も泣くことをやめようとはしない。二人とも何か強い感情に心も体も支配されているからだ。

私の中でもう一人の私が「涙、流せるじゃんか。」と楽しそうにつぶやいたような気がした。

〜〜fin〜〜

 


ろぐ。  とっぷ。


 

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